稲津掃部助の話もじっくりと…宮崎市立池内小学校6年生の皆さん

 秋なのに、いつまで続くんだろうかこの暑さ…。昼間は夏、朝晩は秋(冬?)で体調管理も難しいです。さて、11月13日(水)に池内小6年生の皆さんが校外学習で来館してくださいました。ちょうど、清武中学校2年生の生徒さんが職場体験で2人来ていたので、一緒に対応をさせていただきました。池内小学校の近くには宮崎城という中世の山城が残っています。室町~戦国時代にかけて宮崎城は伊東氏と島津氏の争いの地にもなっており、非常に混乱した時代でもありました。特に、慶長5年(1600)に起こった関ケ原の戦いの影響は強く、宮崎城でも仲間同士の斬り合いが行われていました。このときに関わってくるのが伊東氏の家臣である稲津掃部助重政です。掃部助は大変優秀な武将で清武城主でもありました。宮崎城での戦いの後は島津氏が治める領地を攻め、その勢いは止まらないものでした。ですが、掃部助は宮崎城で味方同士が戦うことになってしまったことに対する責任を負わされ、切腹を命じられます。これに抵抗して清武城にこもりますが、伊東家の家臣団に攻められて最後は自害します。そのとき、妻の雪江も一緒でした……このようなお話をまずをしました。清武城と宮崎城は関連が深いんだよ、ということが少しは伝わったかと思います。そして、つぎはいよいよクイズラリー。清武中の生徒さんたちも、池内小の子どもたちとのコミュニケーションを楽しんでおり、良い雰囲気だなと感心しました。「まだまだ、たくさんのことを知りたい」と言ってくれた子もいて、前向きな姿勢に感動しました。最後は息軒廟で記念撮影。清武中の生徒さんたちにも写真をとってもらいました。宮崎城は校外学習ですでに登城済みなのだそうです。地域の歴史や文化を知る機会をもっと増やして、来館者の「知りたい!」に応えられるよう、ますますがんばらねば、と思いました。池内小のみなさん、ほんとうにありがとうございました。

2019年11月20日