息軒かるた

「息軒かるた」刊行のごあいさつ
 
安井息軒先生は、一七九九年宮崎市清武町中野に生まれ、一八七六年九月二十三日東京の自宅で死亡するまで、勉学に励み、江戸後期から明治維新にかけて、多くの人材を育成しました。幼少の頃から学問に励み、二十一歳から大阪の篠崎小竹の門に入り、二十五歳から江戸の古賀 庵に師事して昌平坂学問所に入校し、さらに松崎慊堂に学びました。帰郷後は、清武郷校の「明教堂」や飫肥藩校の「振徳堂」で教鞭をとった後、江戸へ移住し、四十歳で「三計塾」を開き、全国から優秀な若者たちを集め、延べ二千人の若者を教育しました。文久二年(一八六二年)には、塩谷宕陰や吉野金稜とともに昌平坂学問所の教授となりました。
このような偉業を顕彰するために、「息軒かるた」を制作することは、十数年前から安井息軒顕彰会の願いでしたが、ようやく、関係機関や関係者の方々のご理解とご協力のお蔭で、ここに実を結ぶことができました。
かるた制作にあたって平成二十五年四月「息軒かるた制作委員会」(委員九名)を設置し、先ず、読み札の募集を、宮崎市、日南市、埼玉県川口市の学校関係、マスコミ等に依頼しました。県内外から九一七句の応募があり、平成二十六年一月から五月まで、延べ九回の審査を行いました。息軒先生の偉業について知って欲しいキーワードや小学生でも理解できるような言葉等を考慮し、息軒かるた制作委員会で一部補作等を行い、四十四句を決定しました。その後、六月から八月まで読み札に沿った絵札の募集を、学校関係、マスコミに依頼し、また安井息軒ホームページでも呼びかけました。宮崎市立清武中学校美術部のご協力を得ながら四十四句の絵札が完成しました。ここに応募者の方々、また教育関係機関やマスコミ等のご協力とご支援に対し深く感謝申し上げます。
 この「息軒かるた」は、日本の将来を担う子どもたちをはじめ多くの方々が、安井息軒先生のことをよく知り、そして郷土を愛するきっかけにしてもらうために作ったものです。勉学の様子、ふるさとのエピソード、三計塾、著作物、偉大な業績を表現した読み句と絵札です。この「息軒かるた」遊びを通して、郷土や学習意識が育成されて、日本の近代化を支えた「知の巨人」と呼ばれる息軒先生の志が後世に引き継がれることを願っております。

特定非営利活動法人 安井息軒顕彰会 「息軒かるた」制作委員長 高山正和
企画・制作:特定非営利活動法人安井息軒顕彰会「息軒かるた」制作委員会
〒889-1605 宮崎市清武町加納甲3378-1
安井息軒顕彰会事務局 TEL&FAX 0985-71-3005 
 
協力:宮崎市、宮崎市教育委員会、日南市教育委員会、川口市教育委員会、宮崎市きよたけ歴史館、清武町文化会館、交流プラザきよたけ(四季の夢)、マスコミ関係者、その他清武町内外の関係団体及び住民の皆様
平成二十六年九月二十三日初版発行